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岡山地方裁判所 昭和53年(ワ)439号 判決 1981年3月30日

原告

松阪巖

被告

湯原町

主文

被告は原告に対し、金二六万二八六七円及びそのうち金二二万二八六七円に対する昭和五三年七月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

「被告は原告に対し、金三九九万二七七三円及びこれに対する昭和五三年七月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告

本案前の申立として、「本件訴を却下する。」との判決を、本案の申立として、「原告の請求を棄却する。」

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  交通事故の発生

昭和五一年二月一四日午前一一時五〇分頃、岡山市内山下二丁目五一番一号地先交差点上において、原告運転の自動二輪車と、訴外田口昇運転、被告所有の普通乗用自動車(岡五た一一三三号、以下、被告車という)が出合頭に衝突し、そのため原告は、顔面挫傷・左下腿右膝部挫傷・左膝半月板損傷・左伏在神経膝蓋下枝神経腫等の傷害を受けた。

2  治療状況及び後遺障害

原告は、事故当日以降岡山赤十字病院に通院し、次いで左膝半月板の手術のため二回にわたり同病院に入院した。入院日数は合計八五日、実通院日数は合計一七日である。そして、右手術後も、左膝関節痛・左膝関節水膝等の症状が残り、また、左膝関節は完全な伸展が不能(屈曲自動一四〇度・他動一四五度、伸展自動他動とも一〇度)となつた。右は、自賠法施行令所定の後遺障害等級の少くとも一四級に該当する。

3  被告の責任

被告は被告車を所有し、その業務のため日常使用していたものであるから、自賠法三条により、原告が蒙つた損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 治療費 二五万円

(二) 入院雑費 四万二五〇〇円

一日当り五〇〇円として八五日分

(三) 休業損害 七九万三七八〇円

(1) 原告は当時飲食店「きび路」で働き、月額一三万円の賃金を得ていたが、本件事故による受傷のため、昭和五一年二月一四日から同年四月三〇日まで休業を余儀なくされ、二・五か月分の賃金三二万五〇〇〇円を失つた。

(2) また、本件事故の後、東和タクシー株式会社に運転手として就職し、月額平均一八万四三〇〇円の賃金及び相当額の年末一時金を得ることとなつたが、右就職後同年一〇月五日から一一月三〇日まで五七日間の休業を余儀なくされ、右日数分の賃金三五万〇一七〇円を失うとともに、同年末の一時金から一一万八六一〇円の減額(本来の支給額一七万三〇五二円の二割控除及び一日当り一五〇〇円の五六日分八万四〇〇〇円の欠勤控除)を受けた。

(四) 逸失利益 二三七万六四九三円

原告は前記の後遺障害のため、タクシー運転手としての労働力に低下を来し、将来得べかりし収入の相当部分を失つた。現時点の収入額(前記賃金月額及び年間二か月分の賞与・一時金)に労働能力喪失率(少くとも五パーセント)及び将来の就労可能年数三一年(六七歳まで)を乗じ、ホフマン式計算により中間利息を控除すると、その逸失利益の現価は次のとおり算出される。

184,300×(12+2)×0.05×18,421=2,376,493

(五) 慰藉料 一二三万円

入院三か月、通院期間九か月の間原告が蒙つた苦痛に対し七八万円、前記後遺障害による苦痛に対し四五万円をもつて慰藉するのが相当である。

(六) 損害の填補 一〇〇万円

(七) 弁護士費用 三〇万円

5  結語

よつて、被告に対し、右3(一)ないし(五)及び(七)の合計額から(六)の金額を控除した三九九万二七七三円及びそのうち(七)を除く三六九万二七七三円に対する昭和五三年七月二八日(訴状送達の翌日)から完済までの、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の抗弁

本件事故に関し、昭和五一年三月五日、原告と訴外田口昇との間で、「物損については各自の負担とし、人身事故については保険範囲内で賠償請求を認め、被害者側でその請求手続をする。今後いかなる事情が生じても何らの要求をしない。」との和解が成立した。

すなわち、原告は本件事故による損害につき不起訴の特約をしたものであるから、右特約に反する本訴は却下さるべきである。

三  本案前の抗弁に対する原告の答弁

被告主張の特約の成立は否認する。

四  被告の本案の答弁

1  請求原因1のうち、原告の受傷の部位・程度は不知、その余の事実は認める。

2  同2は不知。

3  同3のうち、被告が被告車を所有し、日常町務に使用していたことは認める。

4  同4は不知。

五  被告の本案の抗弁

1(無過失)

訴外田口昇は、原告主張の日時・場所において、被告車を運転して南進し、交差点手前で標識に従い一時停止し、左右の安全を確認したところ、交差点通過を妨げるものは何ら発見しなかつたので、直ちに発進して時速約五キロメートルで進行し、ほとんど通過し終つたとき、原告車が左方約七メートルの地点を、時速約二〇キロメートルで西進して来るのを認め、直ちに自車を停止させたが、その直後、原告車が被告車の左側ドア付近に衝突したものである。右の状況に照らすと、被告車が右のように交差点内で停止するか或いはそのまま通過するかその何れにせよ、原告車が停止しないかぎり、両車の衝突を免れ得なかつたことが明らかである。原告は、当時右手で原告車のハンドルを持ち、左手で出前用の箱を提げていわゆる片手運転をしていたものであり、原告車が停止できなかつたのは、右片手運転のためか、または前方不注視のためと考えられる。以上のとおり、本件事故は原告の一方的な過失に起因するものであつて、訴外田口には何ら過失がない。

2(過失相殺)

仮に訴外田口に何らかの過失があつたとしても、原告にも前記の重大な過失があつたのであるから、八割程度の過失相殺がなされるべきである。

六  本案の抗弁に対する原告の答弁

抗弁1、2はいずれも否認する。

被告車の進行する道路は原告車のそれよりも狭く、かつ、交差点手前に一時停止の標識があるのであるから、原告車に優先通行権のあることは明らかである。被告車は、左方の注視を欠いたまま原告車の進路に突如進入したものであり、原告としては停止・避譲の余裕は全くなかつた。

また、原告は左手に出前箱を掲げていたものの、左手の指をハンドルにかけており、いわゆる片手運転ではないし、右手及び足による制動は十分可能であつた。

第三証拠〔略〕

理由

一  争いのない事実

原告主張の日時・場所において、原告車(原告運転)と被告車(訴外田口昇運転)の衝突事故(本件事故という)が発生したこと、被告は被告車を所有し、日常その業務に使用していたものであることは、当事者間に争いがない。

二  本案前の抗弁について

成立に争いのない乙二号証、同六号証及び証人植木隆の証言によれば、本件事故による損害に関し原・被告間で交渉のうえ、昭和五一年三月五日付をもつて、「物損については各自の負担とし、人身事故については保険範囲において補償請求を認め、被害者側で請求する。今後本件に関しいかなる事情が生じても何らの異議要求をせず、告訴・告発等は一切しない。」旨を記載した示談書が作成され、双方がこれに署名押印した事実が認められる。

しかしながら、後記認定のとおり、原告は右作成日付の後である同年三月一〇日以降、本件事故による受傷の治療のため、二回にわたり通算八五日間の入院を余儀なくされ、その間三回の手術を受けるに至つたものであるが、右植木証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、右示談書は、このような受傷の程度が双方に末だ明らかには認識されず、したがつて今後の治療の推移についても十分な予測ができない状態で作成されたことが認められる。このような場合、示談書中の前記条項を理由に、現実に生じた損害の賠償請求を許さないとすることは、示談における当事者の合理的な意思に合致せず、信義公平の観念にも反するところと解されるから、被告の本案前の抗弁は採用することができない。

三  原告の受傷及び治療状況

成立に争いのない甲一ないし五号証、証人藤岡一平の証言及び原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、本件事故によつて、顔面挫傷・左下腿右膝部挫傷擦過創・左膝半月板損傷の傷害を受け、事故当日から三日間、岡山赤十字病院に通院したが、同半月板摘出の必要ありと診断され、昭和五一年三月一一日同病院に入院してその手術を受け、同年四月一一日まで三二日間入院した。

2  同月一二日から通院治療を受けた(実日数一一日)が、右手術部位に神経腫を生じたため、同年六月一五日、その切除の手術を受けた。

3  同年九月、左膝のロツキング(屈曲・伸展が円滑にできず、引つかかる状態)を来し、同年一〇月七日、左膝半月板残存部分の再摘出手術を受け、同年一一月二八日まで五三日間入院し、その後三日間通院した。

4  同年一二月一日をもつて症状固定と診断されたが、後遺障害として、左膝関節の完全伸展ができず(右膝は屈曲一六〇度、伸展〇度であるのに対し、左膝は屈曲一四〇度、伸展一〇度)、そのため正座の不能、用便時の不自由等を来している。また、右症状固定時において、左右両脚の太さ(単位センチメートル)は、右大腿周囲四一に対し左は三七、右下腿周囲三二に対し左三〇・七と、左脚が細くなつているが、この点は改善の見込みがあると診断されている。

5  なお、原告は本件事故当時、飲食店で出前配達等の仕事をしていたが、前記一回目の入院後である同年五月一日にタクシー会社に運転手として就職し、二回目の入院及び通院の期間を除いて乗務に服している。

四  本件事故の態様

1  成立に争いのない乙五号証の一ないし五、証人田口昇の証言(後記部分を除く)及び原告本人尋問の結果(同)によれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、幅員四・七メートルの南北道路と同七・四メートルの東西道路が直交する交差点内であり、信号機の設置はなく、車両の速度は毎時二〇キロメートルに制限されており、南北道路上の各交差点手前には、一時停止の標識が設けられている。市街地であつて建物が立ち並んでいるため、互いに交差道路の見通しは不良であるが、南北道路を南進する車両から交差点直前で左方(東方)を見た場合、五〇メートル位は見通しが可能である。

(二)  訴外田口は、被告車を運転して南北道路を南進し、交差点手前で一時停止して左右を見たが、接近して来る車両を認めなかつたため、発進して時速約五キロメートルで交差点中央付近まで進入し、再び左方を見たところ、左方約二二メートルの地点を接近(西進)して来る原告車を発見した。しかし、自車が先に交差点を通過し終ると判断してそのまま進行するうち、原告車が一〇メートル位に近接してきたのに気づき、直ちに停車した(自車前端がほとんど交差点南詰に到達した地点)が、その時原告車が被告車左前フエンダーに衝突し、原告車はその場に転倒した。

(三)  一方、原告は、出前配達用のアルミ製の箱(内容物はない)を左手に持ち(小指と薬指に柄を掛け、他の指で左ハンドルを持つ状態)、原告車を運転して東西道路を時速約二〇キロメートルで西進中、進路前方に被告車が進入して来るのを認めたが、停止や減速の措置をとらないまま(その余裕は全くなかつたと供述する)、進路を僅かに左に変えつつ進行し、そのまま被告車の前記部位に衝突した。

(四)  被告車の行動につき、原告本人は、一時停止をせず時速二〇キロメートル位で交差点内に進入したと述べるけれども、この点は田口証言に照らして措信できない。しかし、田口としては、一時停止地点で左方を見た時、原告車はすでに見通し可能の範囲内にあつたものと推認される(前記のような原告車の速度や見通し距離、衝突地点の位置等による)から、同人の述べるとおり原告車を発見しなかつたとすれば、左方の確認が不十分であつたためと言わざるを得ない。また、交差点進入後原告車を発見した際においても、自車が先入しているとは言え、原告車は自車よりも明らかに高速であり、片手に出前箱を下げた一見不安定な運転であること等から、その動きに細心の注意を払い、必要に応じ直ちに自車を停止して原告車を通過させる等の配慮をするのが相当であつたと言うべく、これらの確認ないし対応措置が不十分であつた点で田口の過失は否定できない(したがつて、被告の無過失の抗弁は理由がない)。

一方、原告としても、被告車が低速で交差点内に進入しつつある(すなわち、交差点に被告車が先入している)のを相当手前から発見し得た筈であるから、その動きを注視し、自ら減速し或いは必要に応じて停止の措置をとるべきであつたと考えられるが、そのことを認めるに足る証拠はない(なお、路面上に原告車の制動痕は見受けられない)。むしろ、各証拠によれば、原告は被告車を発見後も特段の対応措置をとらずそのまま衝突に至つたことが看取されるが、その原因について、全くそのいとまがなかつたため(原告の供述)というのはあたらず、原告にも前方注視と敏速な対応措置に欠けるところがあつたためと言うべきである。

2  上記の諸点その他本件証拠にあらわれた諸般の状況に照らし、本件事故発生については、原告及び田口の双方に同一すなわち各五割の割合で帰責せしめるのが相当と判断される(過失相殺の抗弁は右の限度で理由がある)。

五  損害

1  原告は、損害として治療費二五万円を主張するが、全立証によつても、原告が自ら治療費を支出しまたはその債務を負担した事実は認めるに足りないから、損害として認定することができない。

2  前記のとおり、原告は本件事故のため通算八五日間の入院を余儀なくされたことが認められるが、その間入院生活のための諸雑費として、少くとも一日あたり五〇〇円の支出を要したものと推認されるから、その合計額は四万二五〇〇円となる。

3  成立に争いのない甲六号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故当時、飲食店「きび路」に傭われて出前配達等に従事し、月額一三万円の賃金を得ていたところ、受傷のため、昭和五一年三月九日から四月三〇日まで休業を余儀なくされ、その間の収入を失つたことが認められ、その喪失額は二二万六四五〇円(三月につき日割計算し、一〇円未満は切捨て)となる。なお、同飲食店の関係で、右を超える休業損害を認めるべき証拠はない。

また、成立に争いのない甲七ないし九号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は同年五月一日、訴外東和タクシー株式会社に就職し、月額一八万四三〇〇円の賃金(同年七月から九月までの、法定控除後の平均月額)及び労使の協定による年末一時金を得るようになつたが、前記入・通院のため五七日間欠勤したことにより、右日数分の賃金三五万〇一七〇円の支給を受けられず、かつ、同年末の一時金から一一万八六一〇円の減額を受けたことが認められる。

したがつて、休業による損害額は合計六九万五二三〇円となる。

4  次に、後遺障害による逸失利益について、主張のような収入の低下を直接に示す資料はない。しかし、前記のような後遺障害の内容・程度、タクシー運転手としての業務の性質に原告本人尋問の結果(左膝の痛みのため休憩時間を多くとる必要があり、了解を得て全体としての就労時間を延長していると述べる)を総合すると、右障害は原告の稼働能力にある程度の影響を及ぼし、その低下を招いたものと推認される。他方、左右両脚の周囲差は改善可能と指摘されていることは前記のとおりであるし、職業的にも、熟練によつて比較的早期に稼働能力の回復・向上を期待し得るとみられる。その他、諸般の事情を総合考慮し、能力喪失の程度は五パーセント(したがつて、本来得べき収入額から五パーセントを減じたものが前記一八万四三〇〇円となる)、その喪失の期間は五年と認めるのが相当である(なお、原告は平均月額に賞与等を加え年間一四か月分として算出しているが、前掲甲七号証によれば一時金は基本給((定額))に一定の率を乗じて算出する例であることが認められ、これに反する証拠はないから、賞与等の二か月分は、逸失利益算定に加えない)。右によつて逸失利益の現価を算出すると、次のとおり五〇万八〇〇四円となる。

184,3000÷(1-0.05)×0.05×12×4.3643=508,004

右を超える逸失利益の主張は、これを認めるに足る証拠がなく採用できない。

5  原告が本件事故のため通算五八日間の入院及び通算一七日間(実日数)の通院をして治療を受け、その間三回にわたつて手術を受けたこと、症状固定の後も前記の障害を残し、生活上不自由を感じていることは前認定のとおりである。これらの事情から、その精神的・肉体的苦痛を慰藉するには、入・通院による苦痛に対し七五万円、後遺障害のそれに対し四五万円、合計一二〇万円をもつてするのが相当と認める(ただし、過失相殺に服すべきことは後述のとおり)。

6  本件事故につき、原告にも五割の過失があることは前記認定のとおりであるから、原告が被告に対し賠償を求め得る金額は、上記2ないし5の合計額二四四万五七三四円から二分の一を減じた一二二万二八六七円となる。

7  原告が本件事故により、自賠責保険から一〇〇万円の填補を受けたことはその自認するところであり、被告も弁論の全趣旨においてこれを争つていないとみられるから、これを右6の金額から控除すべきであり、その残額は二二万二八六七円となる。

8  原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は被告に対し、本件事故による損害の賠償を求めて交渉し、調停手続をも経たが、成立に至らなかつたため、表記訴訟代理人に本訴の提記を委任し、報酬として三〇万円の支払を約したことが認められる。本件事案の内容、審理の経過、認容金額等に照らし、右のうち四万円は本件事故による損害として、被告に負担させるのが相当である。

五  結語

以上の理由により、原告の本訴請求は、上記四7、8の合計額二六万二八六七円及び右7の金額に対する訴状送達の翌日である昭和五三年七月二八日以降完済までの、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田川雄三)

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